「もういいわ」
しばらくして楓が短く言った。
私はディルドウから顔を離し、手近にあったティッシュで口を拭った。いつの間にか、顎の辺りまで唾液が垂れていた。
「あんたさぁ、ちゃんと本気でやってんの? あれでフェラチオのつもり?」
「…………」
楓の辛辣な言葉に私は身体を硬くした。
「多少なりとも自信があるような素振りをしていたけれど、とんでもないわ。そんなやり方で満足する男なんてどこにもいないからね。もしかしたらあんたの夫は違うことを言っていたかもしれない。でも、そんなの、ただのお世辞だから。全く気付いてなかったの? だとしたら、あんたの間抜け具合は相当ね。あんたの夫も、心の中じゃ呆れ返っているんじゃないの?」
あまりの言い様に、私は思わず楓を睨み付けた。
「なによ、その顔は。あたしの言っていることのどこが間違ってるってのよ。っていうか、たとえ間違っていたとしても、殊勝な顔をして頭を下げなければなんない立場でしょうが、あんたは。風俗嬢のくせに、なに自分は特別だなんて顔をしているのよ」
私は必死に唇を噛んだ。反論したかったが、何か言おうとしたら嗚咽が漏れてしまいそうだったので、ただ黙って耐えた。
「ちょっと、店長!」
隣の事務室に向かって楓が大声を上げた。
ふた呼吸ほど置いて事務所の扉が開き、店長が煙草を吹かしながら顔を出した。
「どうした、楓」
「この新入り、あたしに指導されるのが不満みたい。何とか言ってやってよ」
「ああ?」店長は私に視線を移した。「大丈夫だよな、美里。やれるよな? 借金返さなくちゃいけねえもんなぁ?」
店長の表情は優しげだったし、言葉遣いも荒くはなかった。しかし、いつまでも言うことを聞かなかったら話は別だろう。そういう雰囲気を纏っていた。
「はい、申し訳ありませんでした、店長」
私はそう言うしかなかった。この糞生意気な子供が気に入らないので指導係を代えてくれ、とはもちろん言えない。
「おお。それじゃ、頑張れよ」
再び事務所の扉が閉まった。
「手間掛けさせないでよね、まったく」
楓は鬱陶しそうに言って、私の頭を叩いた。
ほとんど力が入っておらず、叩いたというより接触したという方が近いくらいだったが、私の目から涙が溢れそうになった。慌てて俯き、楓から顔を隠す。
それに気付いているのかいないのか、楓は平然と言った。
「もう一度 最初からやってみ。今度はがんがん駄目出ししてくから」
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