俺は、5分くらい得々と言い掛かりを付けてから、一息ついた。椅子に背を預け、口を休める。
美樹は表情を緩めた。安堵したようだった。全裸で直立したまま説教を受け続ける状態が、それほどまでに苦痛だったのだろう。
しかし、俺には、彼女に安息を与える気なんて微塵もなかった。
「自分の馬鹿さ加減が分かったのなら、土下座をしろ」
俺は冷淡に言うと、美樹の顔が強張った。
「おい、どうした? まだ俺に逆らうつもりか?」
鞭を左右に軽く揺すって、その存在を主張してやる。
美樹は、恐る恐る地面に正座した。手を前に着くと、顔を上げ、俺を窺う。
とっくに屈してはいるが、簡単に従ってしまってはプライドにかかわる。そう思っているのだろう。だから、いちいち動きを止めるのだ。
俺は勢い良く椅子から立ち上がり、一本鞭を振り上げた。
美樹の目が見開かれる。
彼女が何かを言う前に、俺は思い切り腕を振った。鞭で美樹の右肘を打ち据える。
乾いた音が部屋に響いた。
さらに、跳ねた鞭の先が、彼女の脇腹に当たった。美樹にとって不運なことに、たったの一振りで、二箇所も痛打されたことになる。
「ああっ!」
正座をしていた美樹は、とてもその姿勢を保っていられず、悲鳴を上げながら地面を転げ回った。
過去に俺が調教してきた女たちは、「一本鞭で打たれると、まるで刃物で切り裂かれたかのような激痛がする」と口を揃えて言う。実際は、赤い筋が身体に刻まれるだけで、傷痕も三日で消えてしまう程度でしかないのだが、まあ、誇張が入っているにしろ、本人がそう思うのに近いくらいには痛いのだろう。刃物で切り裂かれた経験が女たちにあるようには見えなかったが。
のたうち回っていた美樹の動きが収まってくると、俺は「正座!」と大きな声で言った。
美樹は、驚いたように身体を震えさせてから、ぴたりと動きを止めて、数秒後には足を揃えて折り畳み、冷たい地面に正座した。
俺は椅子に座り直した。
「毎回毎回、鞭打ちの前に警告をしてもらえると思うなよ。俺に手間を掛けさせるようなことをしたら、遠慮なく鞭を振るう。分かったか?」
「は、はい」
美樹は、今にも泣きそうな顔をしていた。完全に怯えきっている。
「声が小さいな。もう一回、返事」
「はい!」
腹から声が出ているとは言い難い音量だった。しかし、ひょっとしたら、美樹にとっては、これまでの人生で一番大きな声を出した瞬間なのかもしれない。
箱入りお嬢様であることを考えれば合格点をやってもいいか。
「背筋が曲がっているぞ。ちゃんとしろ」
「はい!」
美樹は慌てて背を伸ばした。
「よし、土下座だ」
「はい!」
姿勢を正させた直後に、それを無かったかのようにする命令にも、美樹は従順に返事をして、前方に手を着いた。今度はそこで躊躇することなく、上体を倒し、頭を下げる。
「まだだ。もっと頭を下げろ」
「はい!」
俺の言葉を受けて、美樹はさらに頭を下げた。額が地面に着きそうになっている。
「まだ下げられるだろ? 地面と隙間ができてるじゃないか。デコをコンクリに擦り付けるんだよ」
「は、はい!」
美樹の上体がわずかに沈む。
少なくとも、椅子に座っている俺からは、深々と頭を下げているように見えた。
俺はゆっくりと立ち上がり、美樹の後頭部を踏んだ。もちろん、わざわざ靴を脱いでやる理由はない。
体重を掛けても、それ以上 頭が下がることはなかった。すでに額が地面に着いているのだ。
「ちゃんと土下座しているようだな。褒めてやろう」
「……はい!」
返事が遅れたが、まあそれは見逃してやる。
とはいえ。
「褒めてやってるんだが? お礼はどうした?」
俺は、彼女の頭をぐりぐりと踏み締めた。
「あ、ありがとうござい、ます」
あまりの屈辱に耐えかねたのか、明らかに声が小さくなっていた。
まあ、いい。
とりあえずは別の追求をしよう。
先ほど美樹に暴言を吐かれた際、俺は、全裸で土下座させながら復唱させてやる、と言った。今こそ、それを実行する時だろう。
「お前、さっきこう言ったよな? 『あんた、馬鹿じゃないの』って。もう一度言ってみろよ」
「…………」
美樹は答えない。土下座の格好で俺に頭を踏まれたまま、小刻みに震えているだけだった。
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