「んでさあ」と楓は言った。「あんたは何なわけ? 店に来たばっかの新人で、しかもこの世界の経験もないってんでしょ? だから指導係のあたしに色々教えてもらわなきゃなんないんでしょ? それなのに、なんでタメ口なの?」
「…………」
「なんでって聞いてんだけど?」
「すみません」
「いやすみませんとかじゃなくて。理由を聞いてるんだけど」
「あ、はい。楓ちゃんがあんまり若いので、少しフランクな対応をしてしまいました」
「楓ちゃんって、なに? あたしは先輩だって言ったばかりだよね? なんでちゃん付けなわけ? あたしのこと舐めてる?」
「いえ、そんな」
「中卒とか思って馬鹿にしてる?」
「い、いえ」
「してるよ、あんた。自分じゃ気付いてないかもしれないけど、態度にすっごい出てるから」
「…………」
「あんたの履歴書は見せてもらったけど、旦那の会社でちょろっと手伝いをしてたくらいで、まともに働いたことはないよね。バイトは?」
「え?」
「大学生の時にやるでしょ、普通。バイトの経験は?」
「……ありません」
「親の金でぬくぬくとしていたってわけ? そんなんだから、28歳にもなって、自分の態度の悪さにすら気付けないんじゃないの?」
「す、すみません」
私は楓に向けて頭を下げた。目頭に熱いものを感じた。
顔を上げる直前、楓の溜息が聞こえた。
「ま、いいわ。あんまりお説教するのも疲れるからね」
履歴書には他にも楓が気になりそうなことがいくつか書いてあったはずだが、どうやらそこに触れるつもりはないらしかった。
ご立派な学歴やご大層な資格なんてこの店では何の関係もない、という意思表示だろうか。
「じゃ、これに着替えて」
楓はそう言って無造作に衣装を寄越してきた。
それを受け取って私は息を呑んだ。
着けても乳房を下から支えるだけで乳首が丸出しになったままのブラジャー。履いても陰毛がほとんど透けて見えるパンティ。あとストッキング。それだけ。すべて扇情的な赤色に染まっている。
下着姿で接客をすることは分かっていたことだが、こうして手渡されると、ひどく頼りない衣装であることを実感する。
たったこれだけしか身に付けずに人前に出るというのだろうか? 本当に?
「なにしてんの。さっさと着替えて。店が空く時間になるまでに技術指導を終わらせとかなくちゃいけないんだから」
「……はい」
着替えている間、私はちらりと楓の様子を窺った。
彼女も着替えていた。私とほぼ同じ形状の黒い下着を身に着けている。
やがて楓は黒光りする物体を手に取った。ペニスバンドだった。彼女はそれを装着し始めた。
指導係。ピンサロ。技術指導。
私は逃げ出したくなった。
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