「脱げ」
いつもは遠回しな言い方ばかりする遠藤教授が、極めて簡潔で直球な発言をした。
この人は正気なのだろうか。真面目に疑問だった。今の時代にこんなあからさまセクハラをしたら、ただじゃ済まない。教授の椅子を失うのが恐くないとでも? 官能小説の読み過ぎで頭がおかしくなっているのではないだろうか。あまりにリスクの高い言動だ。
しかし……。
あたしは従うことにした。
白衣を脱ぎ、近くのソファに置き、ついで、胸元に手をやり、シャツのボタンを外していく。
これまでの苦労を水の泡にすることはどうしてもできなかった。あたしの心情を教授がどこまで見透かしていたのかは知らないが、彼の狙いは成功したと言わざるを得ない。
ボタンを外している指は、少し震えていた。
震えの原因としては、屈辱よりも不安の方が大きかったかもしれない。
男性経験がないわけじゃないが、乏しいものでしかなく、望まない相手に抱かれることなどむろん初めてだった。緊張くらいはするだろう。なにしろ突然のことだし。
じろじろと見られながら脱ぐのは苦痛だった。ひどく落ち着かない気分にさせられる。
全裸になったあたしは、手を横に揃えて立ち続けるよう命じられた。直立不動で教授のいやらしい視線に耐えねばならなかった。
「白衣の上からでは貧乳にしか見えなかったが、こうして見ると、人並みくらいにはあるではないか。しかし乳首は褒められたものではないな。黒ずんでいるぞ」
「…………」
人生で唯一の恋人だった男は、喧嘩別れをした際に、遠藤教授と同じような指摘をしていた。いや悪態と言った方がいいか。
あの時は頭にきてビンタしてやったが、今はただ黙っていることしかできない。
「凛々しい女医も白衣の下には黒ずんだ乳首を隠していたというわけか」
遠藤教授は殊更に強調しながらあたしの乳首をつまんだ。
あたしは乳首の色にコンプレックスを持っている。そのことを表情から察したのだろう。
相手の弱みを見付けたらとことんまで抉り抜く。それが遠藤教授だった。
まあ、あたしも似たようなものだけれど。あたしは権力が好きだ。他人を出し抜くことも好きだ。他人を蹴落とすことも好きだ。だから大学病院で教授になることを目指して日々努力している。
昔の遠藤教授は容姿も能力も優れていたらしいから、あたしと遠藤教授に違いがあるとすれば、現時点での地位くらいだろう。もちろん、性別とか財産とか、細かいことを言い出したら際限がないけれど。
あたしより30年早く生まれた分、教授の方があたしより立場が上だけれど、もしこれが逆で、あたしの方が偉い立場であったなら、あたしはこの男を苛め抜くに違いない。
自分に似た人間ほど鬱陶しい存在はないのだから。同族嫌悪。自分の欠点を直視させられれば誰だって不快になる。だから嫌う。苛める。
けれど、現実におけるあたしの地位はまだ低い。そして遠藤教授は権力を持っている。あたしを苛めることができる。
……こうなるのは当然の帰結だったのかもしれない。
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