何事も最初が肝心だとよく言われる。だから私は、鬼塚さんが入所してきたこの初日を大事にしようと思った。
彼女が入れられた雑居房は、全員で7人。新人は分散して配置するので、7人の中で新人は鬼塚さんだけである。
しかし放っておいたら鬼塚さんは雑居房を牛耳ってしまうかもしれない。そしてそれを足掛かりにして刑務所全体の囚人を仕切る立場を手に入れてしまうかもしれない。囚人たちがひとつにまとまってしまうと、私たち刑務官の立場が危うくなる。
我ながら心配のしすぎではないかとも思うが、万が一ということもある。気付いた時には手遅れだったなんてことのないよう、細心の注意を払わなければならないだろう。
私は先輩刑務官に事情を話し、鬼塚さんに特別待遇をする許可をもらった。
午後十時の就寝時間が過ぎ、時計の針が十一時を回った頃、私と先輩刑務官は、鬼塚さんのいる雑居房の様子を見に行った。
扉の覗き窓からでは、中が暗くて分かりにくいが、少なくともみんな布団に入っていることは分かった。話し声も聞こえてこないので、おそらくは大人しく眠っているのだろう。
鬼塚さんの刑務所生活初日を順調に過ごさせてはいけない。私はそう思い、雑居房の扉を警棒で激しく叩いた。静まり返っていた雑居房には、衝撃音がよく響いた。
囚人たち7人は次々に目を覚ました。みんな困惑した顔で、目を擦ったり、身をよじったりしている。
他の雑居房でも似たような気配がする。寝付いたばかりのところを起こされるのは迷惑だろうが、私の知ったことではない。いやむしろ歓迎すべきことか。鬼塚さんが私に目を付けられているからこそ、こんなことになっているのだ。それを知った先輩囚人たちは、鬼塚さんに良い感情を抱かないだろう。
まあ今はとにかく鬼塚さんのいる雑居房だ。まずは、同居人たちの印象を最悪なものにする。
私は鍵を開けて雑居房の中に入った。
先輩刑務官も後に続く。口出しはしてこない。この場の仕切りは私に任せてくれるらしい。
「起きろ! 全員、気を付け!」
私の号令に、雑居房の女囚7人は慌てて立ち上がり、姿勢を正した。
「今日の夕食時に使っていた箸が、一本紛失した! 鬼塚! お前が使っていた箸だ! どうなっている!?」
言い掛かりもいいところだった。別に誰がどの箸を使うのか決まっているわけではない。鬼塚さんがどの箸を使っていたかなんて、誰にも分からないのだ。そもそも、箸は一本も紛失していない。
けれども鬼塚さんは反論しない。先輩刑務官が後ろで目を光らせているので、さっきみたいな言葉を吐かれる心配は全くなかった。
私は言った。
「これから紛失の懲罰を与える! 全員だ! 尻を出せ!」
寝入ったばかりのところを叩き起こされ、さらには懲罰を受ける。囚人たちからすれば、たまったものではないだろう。今は殊勝な顔をしている彼女たちも、私たち刑務官が去れば、鬼塚さんを罵倒するに違いない。
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